坂戸店スタッフのブログ

愛和住販坂戸店のstaffのブログです。

ムメちゃんのブログ

電車で。。。


なんで電車の中って(特に座っているとき)、眠たくなってしまうのか

疑問に思ったこと、ありませんか

電車



飲んで帰ってくるとき、疲れて帰ってくる時、冬時期、夏時期、タイミングはありますが、いろいろな条件はありますが、

電車の音、振動が深く関係しているような気がします

自分なんかYOUTUBEの電車の走行音だけで寝てしまいます

調べてみると、
それは電車の規則的な揺れに含まれている、不規則なリズムの「ゆらぎ」が、心地よく感じられるからです。電車の揺れには雅楽と同じ「ゆらぎ」があります

電車の揺れはゴトンゴトンと一定のリズムを刻んでいるようですが、じつはわずかに不規則なリズムも含まれていて、その「ゆらぎ」が、気持ちよく感じられる原因とされているんです
音もその一部ですね

ここでいう「ゆらぎ」には、種類があります。
「1/fゆらぎ」と「1/f2ゆらぎ」です。

「1/f2ゆらぎ」は「1/fゆらぎ」より規則性が高く、例でいうと宮中音楽である雅楽や、ゆっくりとした民謡などに含まれるリズムがそれにあたります。

「1/fゆらぎ」は規則性のある予測可能な振動と不規則で予測不可能な振動とが混ざった微妙な振動、
ピンクノイズとも呼ばれ、自然現象においてしばしば見ることができます。具体例として人の心拍の間隔や、ろうそくの炎の揺れ方、小川のせせらぐ音、目の動き方、木漏れ日、物性的には金属の抵抗、ネットワーク情報流、蛍の光り方などが例として挙げられます。電車の揺れもこれにあたります。

これからの初夏も通勤やお出かけで電車に乗る機会も増えると思います。
電車に揺られていると段々眠くなっていき、あまりにも気持ちよすぎて寝過ごしてしまう...。乗り過ごしには十分にお気をつけを。。。。






AMラジオ聴いてる?

最近 AMラジオを聴いていますか?
社団法人東京放送局(今のNHK)が1925年(大正14年)に日本では初めて放送スタートしてからそろそろ100年が経ちます。
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放送開始から、今までずーとAM放送がおこなれていて、防災やニュース、教育、音楽、バラエティー等、幅広く生活には欠かせないものになっています。

新車には、必ずAMラジオはセットされ販売されていることを考えると、緊急時の情報源としても、重要と考えられています。

さて、今回はAM放送【振幅変調(AM:Amplitude Modulation)による近距離、中距離の放送)】についてです。

一般的には526.5kHz~1606.5kHzまでの周波数が日本では割り当てられています。

疑問1 なぜ日本には、たくさんの(民間も含め)放送局があるのか?
疑問2 夜になると、混信してくるのか?
疑問3 周波数割り当てが9KHzごとなのか?

の3つの疑問に答えていきましょう!!

疑問1 なぜ日本には、たくさんの(民間も含め)放送局があるのか?

日本では1924年(大正13年)に大阪朝日新聞が昭和天皇御成婚奉祝式典の中継や
大阪毎日新聞では第15回衆議院議員総選挙開票中継など民間企業によるラジオ放送が実験的に行われていたことで、わかるように、もともと企業が放送事業に参入したかったことがわかる。

しかし、1925年(大正14年)以降NHKが各地方都市にAM放送局を開局し、
戦前は、民間放送が認められなかった。

戦後、新しい放送法が施行され、1951年に愛知県の中部日本放送(現・CBCラジオ)と大阪府の新日本放送(のちの毎日放送)の認可がおりました。その後、各都道府県単位での民間放送事業認可がおりた。

戦後はGHQの影響を受けており、戦前の政府専掌」の下での事実上の“国営放送”だった「社団法人日本放送協会」(NHK)からの脱却が必要で「平和国家日本を建設するために、民衆による民衆のための民放ラジオを役立てよう」という「フリー・ラジオ」宣言がされた。

民間放送事業は東京、名古屋、大阪からスタートし、県単位にも普及し1954年(昭和29年)12月までに民間中波放送38局が独立ローカル、県域放送局として開局した。

疑問2 夜になると、混信してくるのか?

夜になるとAMラジオはいろいろな放送が聞こえてきます。時には混信して、電波の弱い国内放送が海外放送に打ち消される時もあります。

電波の特徴として、周波数、昼、夜によって、電離層から影響は変化します。

ここでの中波は夜になると、大気圏上空に電離層という電波を跳ね返す層が発生します。
E層と電離層で跳ね返されて、数1000km届くということです。

大気、天気等いろいろな条件によって変化し、直接届いてる電波ではない為、安定した放送が聴けず信号強度、感度が変化します。

海外、国内問わず電波が電離層に跳ね返って届く電波が、近く周波数、同一周波数にある為、混信の影響がでます。

疑問3 周波数割り当てが9KHzごとなのか?

周波数の割り当ては、NHK東京放送局 800KHz開局し、何度か周波数割り当て変更し、今の9KHzごとの割り当てになりました。

夜になると、混信してくることとも関係していますが、海外からの放送が電離層の発生により電波が届くようになり、混信してきます。

欧州は10KHzで、近隣諸国間の中波放送の混信を軽減するために 1978年11月23日国際電気通信連合(ITU)の取り決めによりAMラジオの周波数一斉変更(10kHz間隔→9kHz間隔。通称:9キロヘルツセパレーション)が行われた

今では、便利になりスマホアプリでもAM放送が聴ける時代になりました。
また、AM放送を見直して、聴いてみては・・・・?










あじさい

紫陽花の季節がやってきました。原産国 日本です。
当然原産国なので、今は知らない人がいない花で、歴史は結構古いのですが、あまり注目されずに、戦後になって人気、注目されたようです

ちょっと、不思議な歴史を辿っている花ですね

日本の歴史に登場するのは、奈良時代「万葉集」になります
2種しか、入っていないことで考えると、花としては、人気がなかったような気がします


 ①「言問はぬ 木すら味狭藍 諸弟(もろと)らが 練の村戸(むらと)に あざむかえけり」
物言わぬ木でさえ、紫陽花のように移り変わりやすい。諸弟らの巧みな言葉に、私は騙されてしまった


 ②「安治佐為の 八重咲く如く やつ代にを いませわが背子 見つつ思はむ(しのはむ)」
紫陽花のように群がって咲く花のように、いつまでも健やかにおいでください。この花を見るたびにあなたを想います

平安時代『源氏物語』『枕草子』『古今和歌集』等にも記載なく出てきません
絵としては南禅寺にある、織田信長や豊臣秀吉にも仕えた画家、狩野永徳(1543~1590)の作
「松と紫陽花図」が残っています

江戸時代は画家、尾形光琳、俵屋宗達、酒井抱一が紫陽花を描かれていまが、
繁殖が容易な花、折った茎を土に植えておくだけで、株がどんどん増えるため、
商売にはならない、紫陽花は植木屋からの冷遇されていたようです
松尾芭蕉の句にも、結構詠まれますが、、、、
人気薄だったようです

明治・大正時代は、人気のなさは、明治になってもやはり変わらなかったようです

昭和、戦後に観光資源に利用されたことにより、人気が出てきました
例えば鎌倉では、明月院と長谷寺が有名です。紫陽花の見頃には観光客が詰めかけます

実は庶民には根づいていて、何か日本の中に溶け込んでいたのでしょうね
5月~7月各所で紫陽花祭り等でにぎわいをみせています。

今がみごろです


thumbnail_DSC_1668[1]


「ボッチ?」ごと?

友人「たかぽっち行くけど一緒に行かない?」
自分「どこ、どこ?」
自分「北海道?」(珍しい地名が多いから・・・・)
友人「ボッチだよ」
自分「一人ボッチボッチ
友人「高ボッチ高原だよ」

と見せられた写真
高ボッチ高原


友人「長野の見晴らしが良いところだよ!」
自分「この夜景いいね!」

という「富士山をバックに諏訪湖と周りの夜景」

夜景・流星なんかはとてもきれいだそうです。
少し足を延ばせば、諏訪湖、ビーナスライン、蓼科高原、白樺湖とか自然と景色がいい場所がいっぱいありますしね。

お出かけするならいい季節です。
みなさんもGWにぜび、信州・長野方面にお出かけしてみてはいかがですが?

参考に。。。
長野県観光機構のホームページ
www.nagano-tabi.net


もうびっくりするよ!シンセサイザー~。。。。

自分が中学生の時、ハマった音楽、特にシンセサイザー

シンセサイザー歴史
電子部品の組み合わせ等で、発振したものを音にしたものなので、いつだれが最初つくったかは不明
電子楽器のテルミンはシンセサイザーの祖先ではないかと言われてます。(1910年ぐらい~)
鍵盤スタイルが出てきたのは、ノバコード(ハモンド)(1939年~3年間1069台が製造された)電子部品が真空管の時代なので電子オルガンと真空管が数百本、コンデンサ数千本が組み合わせ一つの楽器だったらしい
hamondo

音色は弦楽器~ピアノまで様々な音色がでる高性能のものではあるが、楽器として不安定が多く、第2次世界大戦もありあまり売れなかったようです。

もうこの時点で、シンセサイザーの仕組み、音の波形のエンベロープ・ジェネレーター(Attack:立ち上がり、Decay:減衰、Sustain:減衰後の保持、Release:余韻)セッティグが確立されていたことになる

ノバコードは映画「風とともに去りぬ」での効果音で使用されている

それから、真空管からトランジスタの時代に移り、部品自体が小型化され、音色のプリセット、アナログ音源からデジタル音源、音のサンプル機能、各種通信機能、シーケンス等が発達し
パソコンでの操作(パソコンミュージック)が可能となった

当時YMOが売れている時代、テクノサウンドに興味があった時代でした。
どうしても、あの音を作ってみたいと思い熱中したものです。
最初に出会ったのはローランドJUNO60でした。
juno60

これは、MIDI対応ではなく、今みたいな通信制御はできなく、ただアナログなのに音色がプリセット出来る使い勝手いいヤツでした。
もううる覚えですが、好きな音色のデーター(カセットテープ)を購入しそのデーターをシンセに読み込めるような方式だったのではないかと思われます。

その後、FM音源(デジタル音源)のヤマハDX-7はこのころ、発売され
この頃から、ほぼMIDI対応のFM音源(デジタル音源)のシンセが売り出されて、ドラムマシン、リズムマシンをリンクさせ、エフェクターを通しシーケンサで曲を作ったものでした。
何台もつなげて、曲を作りました。


やはりこの時代はいろいろな事は新しくなり、面白かったなあと思います。

今は、パソコン一つですべてができちゃう時代です。たかが数十年でですよ。びっくりですよ。







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