坂戸店スタッフのブログ

愛和住販坂戸店のstaffのブログです。

ムメちゃんのブログ

美味しいバ・・・・・・・

バームクーヘンを友人にもらい、それと同じくらい美味しいバームクーヘンを買ってきて!と言われました。

美味しいバームクーヘンはどこで売ってんの?

バーム4
バーム3
バーム2
バーム1

うちのおやじが生きてていれば、知っていたのかもしれない。
バームクーヘンを作っていた工場に勤めていたので、、、、Σ(・□・;)

バウムクーヘンはドイツ語で(バウム)(木)+クーヘン(ケーキの意)で、
ドーナツ状の穴があり断面に樹木の年輪のような同心円状の模様が浮き出たドイツのケーキです。

年輪のような形状から贈答品のひとつとして慶事の贈り物として好まれ、結婚式や祝い事の引き出物として使われることが多いです。
日本人にとっては大正・昭和初期から知られドイツを象徴する菓子。実際のドイツでは珍しい種類の菓子であり日本ほど一般的ではありません。

バウムクーヘンは製法が特殊なため普通のオーブンでは作れず、専用のオーブンが必要です。
焼けた層の上に生地をかけながら焼く事を繰り返し、薄い層を10 - 20層程度つくる。焼きあがった後に芯を抜いて輪切りにすると、バーナーで炙った際に出来たこげと内側の白い部分が層状に表れ木の年輪のように見えます。

バウムクーヘンの精密につくられた年輪の形状は作成した職人の技術の高さを象徴するものです。

原型は紀元前まで遡り、ギリシアのオベリアスという木の棒にパン生地を巻きつけて焼いたものであると考えられて、日本ではドイツ人のカール・ユーハイムによって持ち込まれ、1919年(大正8年)3月4日に広島物産陳列館(後の原爆ドーム)で当時はピラミッドケーキという名前で販売されていたが、1960年代からバウムクーヘンという名で知られるものとなりました。

日本におけるバウムクーヘンはドイツを凌ぐ一般的に普及しています。

というのは調べたけど、元の話しに戻り、
美味しいバームクーヘンはどこにあるのでしょうか?これから探します(笑)


赤穂浪士が歩いた道を訪ねる

今回のムメ散歩は。。。。。
赤穂浪士が歩いた道を訪ねる

JR両国⇒回向院⇒吉良邸跡⇒一之橋⇒清州公園⇒本願寺⇒東銀座⇒浅野内匠頭終焉の地⇒芝増上寺⇒泉岳寺
約13kmの散歩です

「ざっくり赤穂浪士の打ちいりのお話し」
江戸城内で、幕府が天皇を迎える儀式の接待役として任を受けた赤穂藩主・浅野内匠頭と高家旗本の吉良上野介の争いが起き、吉良上野介が額に傷を受けた。城内で沙汰を起こしたことに、征夷大将軍徳川綱吉は激怒し、赤穂藩主・浅野内匠頭に切腹を申し渡した。
喧嘩両成敗が通例であったが、吉良上野介はお咎めなしであった。
赤穂藩浅野家も「お家断絶」

仇討ちの為、47士(46士という説もあり)赤穂浪士たちが集まり、吉良邸へ討ち入りし、討ちとる事ができた。他説や、映画、ドラマ等になっているので、詳細はいろいろな形で残っているようです。

それでは散歩。。。。
両国駅
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回向院 鼠小僧のお墓
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吉良邸
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一之橋
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佃・豊洲の高層マンション
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浅野内匠頭終焉の地

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芝増上寺
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泉岳寺



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とても、歩道が整備されていて、天気の良い、アップダウンが少ないウォーキングしやすいコースでした。みなさんもどうぞ!!



たくあん

何気なくたべている「たくわん」「沢庵」
たくあん

いつごらから、食べられているのでしょうか?
沢庵

沢庵 宗彭(たくあん そうほう、澤庵 宗彭、天正元年12月1日(1573年12月24日) - 正保2年12月11日(1646年1月27日)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧が沢庵がダイコンの漬物の一種を改良し考えた一説、関西で広く親しまれていたものを沢庵が江戸に広めたとの一説があります。

近侍となっていた沢庵がいた東海寺へ徳川家光が訪れた際、ダイコンのたくわえ漬を供したところ
家光が気に入り、「たくわえ漬にあらず沢庵漬なり」と命名したと伝えられる。

江戸時代にはあったようですが、沢庵の原型は庶民の食べ物ダイコンのたくわえ漬だったようです。

沢庵 宗彭は但馬国出石(現兵庫県豊岡市)の生まれ。昌念寺に入り出家する(天正10年1582年)。
紫衣事件で出羽国に流罪となり、その後赦されて江戸に萬松山東海寺を開いた。
書画・詩文に通じ、茶の湯(茶道)にも親しみ、また多くの墨跡を残している。
「紫衣事件」では、高僧に与えられる紫衣着用規制した幕府に対して朝廷が「紫衣着用の勅許」をしていまい、沢庵 宗彭らも同調し、流罪された。幕府が朝廷より上という事を世にしらしめた。
その後赦免後、しばらくして家光の近侍となった。

人の名前だったんですね(*_*)



....増加注意報発令中

今は 秋~

食べることも、スポーツをするのも、何をするにも、いい季節「秋」

秋から冬にかけては体重増加注意報発令中!
毎年、どうしても太ってしまって・・・という方も多いのでは、、、、?

活発になってくる食欲、、、、なぜなのでしょうか?

①セロトニン分泌量の減少
脳内の神経伝達物質で、安定化を保つ作用のあります。
セロトニンは、日光にあたった時間が少ないと分泌量が減る傾向があり、食欲の調整にも深く関わっています。

秋になると食欲が増すのは、たくさん食べたり眠ったりすることでセロトニンを増やし、
精神の安定を保とうとするからではないかと言われています。

寝ても寝ても眠いというのも、これからきているのもしれませんね。
食欲の調整のためにも晴れた日には外に出て、気分転換することを心がけた方が良さそうです。

②気温が低下したことで、基礎代謝がアップ、エネルギー補給量増
体温保持のため、体の中から温まりはじめ、基礎代謝が上がることは良く知られています。
気温が低下し基礎代謝が上がり、それだけエネルギーを多く使ってしまう。その分を補給しようとお腹がすくことも納得、頷けます。

③その他の理由
「夏バテ気味で低下していた食欲が、涼しくなって回復する」「秋は美味しくなる旬の物が多いので、
食べたくなるのは自然なこと」 「食べ物が捕れなくなる冬に向けて秋のうちに食べて身体に蓄えておくという、生き物の自然の摂理」 など、とにかく「食欲の秋」は誘惑は多いです。((笑))

「~すぎ」には注意しましょうね!


秩父札所巡り(32番般若山法性寺、33番延命山菊水寺)

今日のムメ散歩は秩父札所巡り(32番般若山法性寺、33番延命山菊水寺)です。

西武秩父駅からバスで30分ぐらい山道を揺られ、小鹿野町の松井田で下車、そこから約13kmの散歩です
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始まりかけた紅葉をところどころ見ながら、ひたすら景色のいい道を降りたり昇ったりして、帰りのバスの時間を気にしてか、
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あまり休憩も取らず、32番般若山法性寺へ、ここで昼食。
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それから、基本的には下りの来た道を戻り、
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33番延命山菊水寺へ
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秋の味覚、見た目甘そうで美味しそうな渋柿がなっていました。収穫しているおじさんに聞いたら秩父の夜祭り使用するようで、収穫しているといっていました。

泉田というバス停から、西武秩父駅に帰ってきました。

疲れはしましたけど、やはり自然なか景色のいい所を歩くと清々しく、とてもいい一日でした。

秩父、みなさんも散歩どうですか?



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